ひた隠しにしていたゴーンの父親が犯罪者である事の秘密が暴露された。
死刑宣告をされ服役していたが、レバノンを脱出ブラジルへ逃亡成功。
《地獄の沙汰も金次第》父親の教えを守っていた!?
密輸業者で殺人犯のジョージ・ゴーン
ゴーンの実父のジョージ・ゴーンは生前、密輸業をしていた頃に殺人事件を起こし死刑判決を受けていたが刑務所から逃亡に成功していたという衝撃の報道内容です。
アルノー記者の本を事前に入手したクウェートのアル・カバス紙によると、事件が起きたのは1960年4月17日。レバノンの村の路上で銃殺された死体が発見された。
被害者は、ボリス・ムスアド神父。3日後に5人組の犯人グループが逮捕された。その一人が、当時37歳だったジョージ・ゴーン。ダイヤモンド、金、外貨、麻薬の密輸業者であり、ジョージは検察官の取り調べに対し、「ただの脅しのつもりが最悪の結果になってしまった」と供述している。
事件当時、息子のカルロスは6歳。
神父とお金の分け前の配分の事で殺害してしたしまったと供述したという。
金銭にはシビアな反応してしまうんですね。
ゴーンが強欲なお金の亡者になったのは父親の後ろ姿を見てきた賜物かもしれません。
賄賂で刑務所のドンだった
バアバダー刑務所に送還された父ジョージは、看守や囚人には賄賂や賭博場でもてなし刑務所のドンに君臨したようです。
治安の悪い国ほど賄賂が効くのだとか。
バアバダー刑務所はどこ
父ジョージが投獄されていたバアバダー刑務所とはどんな所なんでしょうか。
検索してみましたが該当できるものはありませんでした。
レバノンはもともと宗教が入り組んだシリアの一部だったが1918年にフランスの統治下になっていました。
1943年にフランスはキリスト教徒を保護する名目でシリアから分離させ独立したレバノンになりました。
日本では考えられない宗教や民族や政府などの紛争があり、推測ですが崩壊し現在は残っていないのかも知れません。
そして父ジョージが投獄されて僅か4ヵ月足らずで刑務所を掌握してしまうのですね。
だが仲間の思わぬ裏切り…?。
死刑判決が下った
仲間11名が逃亡を計画。ジョージは逃亡に加わらなかったが、脱獄に失敗して逮捕された仲間が衝撃的な供述を行う。それは、ジョージがバアバダーの地方検事、予審判事、刑事裁判所長の殺害計画をもちかけていたというのだ。これによって、ジョージ・ゴーンは1961年1月9日に死刑判決を言い渡された。
ところがこの判決を受け、父ジョージは模範囚になり死刑から15年の禁固刑に減刑されましたが1970年の47歳で出所したのでした。
カルロス・ゴーンは16歳。
せっかく自由の身になったのに父ジョージは4か月後には又逮捕。
容疑は100万ドルの偽札を既に販売していた罪で15年の禁固刑に処される事になりました。
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父親はレバノンからブラジルへ逃亡
3年後、刑務所内で自殺未遂事件を起こしたが、チャンスが到来する。1975年初頭、レバノン内戦の混乱に乗じてベイルート脱出に成功したのだ。ジョージはブラジルのリオデジャネイロに逃げて、ブラジルでビジネスに成功。2006年に死亡した。
1970年からパレスチナ解放戦線がレバノンのベイルート拠点を置いたレバノン内戦は複雑な宗教、民族対立を背景とした国際紛争化しました。
中央政府の統制はとれなくなりシリア、イスラエルが介入して泥沼化し、約15年にわたって続きレバノンを荒廃させた事ですね。
そんなどさくさが逃亡のチャンスだったという訳。
ゴーン氏はそれでブラジルの国籍も持っていたのですね。
殺人罪で投獄されたのが1960年で37歳という事は1923年生まれで、亡くなったのは2006年なので享年83歳、ゴーン氏は父ジョージが31歳の時の子供です。
方法は違ってもお金の執着や逃亡する事は、多感な時期に一緒に暮らせなかったからこそ父親の姿が色濃く反映しているのかも知れません。
この暴露本が出まわったらまわったら、さすがのゴーン氏も映画のオファーは受けないのではないでしょうか。