秋を描かせたら右に出る者はいないと言われた酒井抱一は意外にも琳派ではなかった。
実は作風が違う「奇想の画家」とよばれた伊東若冲を模写した絵とはどんな?
美的センスは吉原遊郭で育まれ、花魁を身請けして妻にした抱一とは
若冲と模写した抱一の比較図
酒井抱一の絵手鑑(えてかがみ)72図の内11図が、伊藤若冲の拓版画の玄圃揺華(ゲンポヨウカ)をお手本にしたもの。
左の白黒が伊東若冲の拓版画、右の色つきが酒井抱一の絵です。
未草 (ヒツジグサ)
葉の葉脈の部分とカエルのお腹側にわずかに金を。
出典:http://isabea.web.fc2.com/art10/hoitsu/houitsu.html
南瓜 (カボチャ)
虫食いの穴や萎んだ花を、みごとな色彩で甦らせてます。
出典:http://isabea.web.fc2.com/art10/hoitsu/houitsu.html
藤
若冲の白と黒が抱一は黒と金色に、同じデザイン同じ2色でも蒔絵の様な豪華さに。
出典:https://www.pinterest.fr/pin/683069468452325793/?autologin=true
玉蜀黍(トウモロコシ)
出典:http://ramages3.exblog.jp/22315963/
カブトムシとトウモロコシは比べると抱一らしい柔らかい表現に。
向日葵
出典:https://www.pinterest.ie/ayamesakurafuji/ito-jakuchu/
同じデザインでも抱一が描くと、まるで別物の様ですね。
大豆
出典:https://www.pinterest.ie/ayamesakurafuji/ito-jakuchu/
若冲は大豆、抱一は葛と植物を変えて抱一らしい可憐さが見て取れます。
その若冲も実は、加納探幽や中国画の模写が千点にも及んだのだとか。
昔は模写する事で腕を磨いたんですね。
共存した2人の時期は
酒井抱一と伊藤若冲ともに、山水・人物画は少なく作風は異なりますが、二人の多くの花鳥の作品が写実的で美しい色彩と綿密な描写は共通してます。
伊東若冲は1716年~1800年(84歳で没) 酒井抱一は1761年~1829年(68歳で没)
若冲は抱一より45年前に生まれてますで、異彩を放っていたのは京都でしたが、39年間は時代はかぶって活躍してます。
生前の若冲は当時の『平安人物志』という京都の文化人知識人を集成している短冊帳の上位に掲載される程高い人気と知名度はありました。
そんな有名な若冲の評判が抱一の耳に入らない訳はないですよね。
好きな絵の研究に没頭している抱一には、影響を与えた意外な場所が吉原遊郭でした。
妻は吉原遊郭の花魁だった
江戸幕府によって公認された吉原遊郭は、現在の住所でいうと東京都台東区千束四丁目です。
大名や文化人が集い粋を競った社交場の吉原遊郭に、抱一は若い頃から吉原遊郭に放蕩三昧でした。
数ある中でも格の高い見世に通っていたと推測できますが、当時の花魁や位の高い遊女は舞や芸事の他にも文芸にも長けていたようです。
美貌と機知を兼ね備えた遊女を花魁と呼び、人気もランクも高かく気に入らない客は断る事もできるほどでした。
のちに酒井家の厄介者として追い出され出家してますが、抱一は、その後に花魁の小鸞(しょうらん)を身請けして妻にしました。
吉原で当時の著名人との交流や、見世の調度品や着物・櫛なども沢山見てきて、目も肥えていたのではないでしょうか。
抱一は放蕩三昧の時でも育んだセンスを絵画の他にも手がけた作品がありまた。
抱一がデザインした着物
白絖地梅樹下草模様描絵小袖(しろしゅすじこうばいもんようかきえこそで)
国立民族博物館所蔵に1点のみ現存している。
出典:https://www.rekihaku.ac.jp/outline/publication/rekihaku/110/index.html
今日の着物の原型小袖。特に裾回しには綿が多目に入っていて「かけ」とも言い羽織る用です。
着方はドラマの大奥の女性達がおはしょりしないで引きずって歩くあんな感じです。
表は白繻子(しろしゅす)、裏には紅平絹を使った間に薄綿を入れた袷仕立ての小袖で、裾は袱に綿を厚く入れた着物。
*繻子とは経糸と偉糸の交差の部分を目立たない様にする織り方
*小袖とは袂の下側を丸くしたもの
抱一デザインの着物は優雅で品が有ります。
抱一がデザインの蒔絵の櫛
そんな花魁達にも人気があったと思われる、抱一デザインの蒔絵の櫛
出典:https://www.pinterest.dk/bajolalunaluna/nihonga/?lp=true
出典:https://blogs.yahoo.co.jp/kenjiqakazawa/25652570.html
抱一の図案で蒔絵師の羊遊斎が仕上げたものが、精細かつ華やかで、江戸後期の多彩な蒔絵のなかでも際だって目をひき大人気でした。
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まとめ
粋と仏の対局の世界を生きたからこそ、奥ゆかしい美しさを表現できたのではないでしょうか。